グラナート・テスタメント・シークエル
第9話「金色怨嗟〜最後の審判〜」




「……あ、ようこそいらっしゃいました、マルクト・サンダルフォン様」
アィーアツブス・リシャオース・ リリス・ナカシエルことメアリーは、部屋に足を踏み入れたマルクトに気づくと、恭しく一礼する。
彼女の周囲には、五つの黒い光球が浮遊していた。
「……クリフォトですね……あなたも私の歩みを阻むのですか……?」
「いいえ、とんでもありません。寧ろ逆……貴方以外の方を通さないようにしていただけですよ」
「えっ?」
「……まあ、ミーティアは通してしまいましたが……約束通りお話をされただけで帰ってくれましたし……問題ないでしょう……」
メアリーは、マルクトに聞こえないような小声で呟く。
例外、特別とはいえ、通してしまった者がいることは、ある意味において完璧主義であるメアリーには恥ずべきことだった。
「……その光球は……?」
「…………」
先程の呟きに対する追求ではなく、光球について質問されたことにメアリーは密かに安堵した。
「……これですか? サンジェスト、オーギュスト、エリザベート、そして貴方も良く知っているゲブラーとホドの魂ですよ」
メアリーはいつものアルカイックスマイルを浮かべて答える。
「魂!?」
「まあ、残念ながらホドの魂には逃げられましたが……デヴィルコアは回収できましたので良しと……しましょう……」
メアリーは、そのうちの一つを右掌の上に招き寄せると、不満げに呟いた。
そう、彼女には紛れもなく不満なのである、完璧に魂とデヴィルコアを回収できなかったことが……。
「……魂……デヴィルコア……」
デヴィルコアがどういった物なのかは、マルクトには何となく察しはついた。
「魂のストックなら悪魔界にいくらでもありますし………新しいアディシュス(無感動)を用意すればいいだけ……所詮、今回のメンバー自体が異例ででたらめだったのですから……寧ろその方が……」
メアリーは、マルクトにはよく解らないことを呟いている。
「問題はキムラヌート(物質主義)ですね……まったくあの方は……」
「……用が無いなら通らせてもらいます……」
マルクトは再び歩き出した。
「あ……ええ、どうぞお通りください」
メアリーは、部屋の出口である扉の前から横に退く。
「愛する者の胸に……怨讐の刃を……」
「…………」
マルクトは、横を通り過ぎる際のメアリーの囁きに、ほんの一瞬だけ足を止めたが、何も言わずに門を開け、中へと消えていった。
「……フフフッ、危なく余計な口出しをしてしまうところでした……」
メアリーは上品に笑いながら、門の傍から離れていく。
「兄の怨霊に……怨嗟に囚われし……愚かなまでに純粋なる天使……運命悲劇……それとも喜劇?……何れにしろ、あの方の好む最高の茶番劇……全ては娯楽……さあ、楽しませてくださいね、私達を……」
メアリーは優雅に舞うようにして、己の姿をその場から掻き消した。



「よくぞ、ここまで辿り着きました。我が名はエーイーリー(愚鈍)……」
「……それはもういいです……」
マルクトは、門の向こうの部屋で出迎えた男の言葉を溜息と共に遮った。
「……イェソドといい、どうしてあなた方はこうわざとらしいことを……」
「はははっ、様式美というか、お約束というやつですよ」
白と銀を基本とした王族のような豪奢な衣装を着こなした男は玉座から立ち上がる。
「久しぶりですね、マルクトさん」
男は好意的とも言える爽やかな微笑を浮かべた。
「……コクマ……様……」
マルクトは男の本当の名を口にする。
憎むべき仇であると解っているのに……いざ本人を目の前にすると、呼び捨てにすることすらできなかった。
「……『向こう』と『こちら』では、時間の流れに差がありますからね……あなたにとってはかなり久しぶりなのかもしれませんね」
「…………」
マルクトは無言で、複雑な眼差しを男……コクマ・ラツィエルに向ける。
コクマ・ラツィエル……それが少なくともマルクトにとっての男の真の名だ。
かって同じ組織に所属した男、兄を殺した憎い男、そして仄かに憧れた男……。
「向こうではまだあなた達が居なくなって……二ヶ月程度なんですけどね」
「……二ヶ月?」
そんな短いはずがない、この大陸に辿り着くまでだけで半月〜一ヶ月ぐらいはかかったはずだし、この大陸ですでに半年以上は過ごしたはずだった。
「速いんですよ、時間の流れが……この『世界』の方が遙かにね」
「…………」
「そんなわけで、向こうのイベントにもいい加減参加したいんで、こちらの茶番は終わりにさせて欲しいんですよ。こちらに意識と時間を割いている間に、向こうでは参加者のレベルだけは異常に高い小さなイベントがあったんですが……参加しそこなってしまいましてね……流石に今度のイベントは逃したくないんですよ」
「……イベント? 向こうでいったい何が……?」
コクマはマルクトの問いには答えず、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「っ……」
マルクトが刀の柄に右手を添えるよりも速く、コクマの左手が彼女の右頬にそっと触れた。
「あっ……」
「なるほど……」
コクマはマルクトの頬を優しく撫でる。
「あっ……ああ……ん……あの……」
マルクトの頬が紅潮し、声が震えた。
「……やっ……あ……こ、殺し……あ……いっ……」
彼は最愛の兄の仇……これから殺し合わなければいけない……それなのに、マルクトは男の手を払うことができないでいる。
「ふん」
「っああっ!?」
突然、コクマの左手が指二本を立てると、マルクトの右目を突き刺そうとした。
マルクトはギリギリで、背後に跳躍し逃れる。
「……なっ……何をされるんですか!?」
マルクトは、怒鳴った後、自分の方こそ何を言っているんだと思った。
いきなり攻撃されても当然なのだ、自分達は敵同士なのだから……。
それなのに、あんな無警戒に接近を許し、隙だらけだった相手に攻撃ができなかった自分の方こそどうかしているのだ。
「……背中の翼はあくまで余剰エナジーの塊……本体が宿っているのはその右目ですね」
「えっ……?」
「己が意志……いや、『遺志』と『能力』を他人に託す……そんな術が確かありましたね……伝承法でしたか?」
「な……何?……コクマ様……?」
「……『出てきた』らどうですか? ケテルさん……私を『逆恨み』しているのでしょう?」
「えっ? あ……兄さん? あ?……あああああ……あああああああああああああああああっっ!?」
マルクトは絶叫を上げると、顔を両手で覆って蹲る。
「まったく、しぶといというか、しつこい人ですね」
「…………」
マルクトはゆっくりと立ち上がり、顔から両手をどけた。
『……コ……コクマ……アアアッ……』
マルクトの口から、彼女のものではない、男の声が発せられる。
彼女の右目は今までになく、激しく金色に光り輝いていた。
「真実の炎(トゥールフレイム)で完全に灼き尽くされないとは、たいした執念ですよ……いや、怨念と言うべきですかね?」
『……黙れ……貴様だけは許さんと言ったはずだアアァァッ! コクマアアァァ!』
マルクトが右手を突き出すと、白い光がコクマ目指して解き放たれる。
「やれやれですね」
コクマは左手の裏拳であっさりと白光を打ち払った。
『グッ!?』
「そんな本能……私への憎しみだけの塊になってまで……妹に寄生してまで、存在し続けたいのですか? 翼の王メタトロンともあろう者が哀れなものですね……」
『ガアアアアアアッ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロオオオスウウウッ……!』
「流石に人格、理性は殆ど残っていないようですね……いえ、ただ単に……狂っているというべきですかね?」
コクマが左手を横にかざすと、甲に水色の紋章が浮かび上がる。
『消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ……天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰テンバアアアツッ……!』
マルクトの両手から、白い破壊光が狂ったように乱れ撃ちされた。
一発一発が天使の使う『天罰』という名の凄まじい威力の神聖光(破壊光)であり、コクマの姿は爆発の中に消え去っていく。
『天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰……!』
天罰は休むことなく撃ちだされ続け、爆発の輝きと音だけが部屋を埋め尽くしていった。
『フウフウ……』
ようやく、天罰の連射……乱射が終わったかと思うと、マルクトは両手首を合わせて掌を突き出し、体中から溢れ出す白い闘気を掌だけに集束させていく。
『滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅せよ! 帰せ帰せ帰せ帰せ帰せ帰せ帰せ帰せ! 無無無無無無無無無無無無に……ラァァストォォジャッチメントォォォッ(最後の審判)!!!」
天罰の数百……数千倍の白光が一気に解放され、今までの天罰による爆発、爆煙ごと全てを消し飛ばした。



『フウフウ……』
マルクト……の姿をしたケテルは肩で息をきらす。
右肩の金色の翼が心なしか小さく、輝きが弱っているように見えた。
彼の眼前には何もない、文字通り全てが消し飛んでいる。
「まあ、それだけ無理をすれば息切れもするでしょう」
『グギギ?……ギギギギギッ!?』
マルクトの両胸の間から水色の剣が突き出ていた。
「天罰数百……いや、数千発分の神聖光を一気に放射……流石にもう神聖力は殆ど空ですよね? いくら、マルクトさんと合わせて二人分の総量とはいえ……」
『……ギ……ゴク……マアアッ……』
「二度同じ殺され方をする馬鹿も珍しいですよ」
マルクトの胸元から水色の炎が吹き出し、瞬時に彼女の全身を水色の炎が包み込む。
『グギガガガガガガガ……殺す殺す殺す殺す……っ!』
マルクト(ケテル)は無理矢理体を捻って振り返った。
『コクマアアアアアアアアアアアアッ……!』
そして、白く光り輝く右手を突き出す。
「あなたが馬鹿で助かりますよ」
マルクト(ケテル)の右手が虚空を貫いた瞬間、彼の背後に出現したコクマの左手によって、右肩の黄金の翼は引きちぎられた。
言葉にならないマルクト(ケテル)の悲鳴が響き渡る。
「天使にとって、翼を剥ぎ取られることは……最大の激痛にして最大の恥辱……確かそうでしたよね」
コクマは、翼を剥ぎ取られた背中を押さえながら蹲っているマルクト(ケテル)から水色の剣を引き抜いた。
「あなたが単純で助かりました。あのまま大人しく観念されたらどうしようかと思いましたよ……トゥールフレイムの炎を本気で使ったら、マルクトさんの精神まで灼き尽くしてしまいますからね……」
さっきマルクト(ケテル)を包み込んだ水色の炎は思いっきり手加減しており、以前コクマに殺された時のことをケテルに思い出させて、激情させ攻撃させるためのものに過ぎない。
全てはコクマの思惑通りに展開した。
「グッ……グギギァアアアアアアアアアアアッ!」
蹲っていたケテルが、突然飛び上がり、白く輝く両手を突きだしてくる。
「それも計算通りです……」
コクマは、マルクト(ケテル)の白く輝く両手をかわしながら、水色の煌めきを放つ左手をマルクト(ケテル)の右目に突き刺さした。
信じられないことに、コクマの左手は右目の中に手首までスッポリと剔り込まれている。
「では、今度こそ安らかにお眠りください……マルクトさんのことは御心配なく、私なりに大切にしますよ」
コクマは、マルクトの右目から金色に輝く眼球(ケテル)を一気に剔り取った。









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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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